2010年7月30日に発生した『大阪2児餓死事件』
当時3歳の女の子と1歳9か月の男の子が母親の育児放棄によって餓死した悲惨な事件で今でも覚えている方も多いのではないでしょうか?
その母親が下村早苗で当時の旦那が羽根直樹。
ネット上では今でもこの事件は話題になっていますが、下村早苗と元旦那の羽根直樹は現在(2023年)どうしている?
大阪2児餓死事件の詳細は?
判決は?
大阪2児餓死事件の犯人である下村早苗についてまとめてみました。
Contents
大阪2児餓死事件は下村早苗の育児放棄!詳細まとめ
大阪2児餓死事件は2010年7月30日の真夏に大阪市西区のマンションで起きた事件。
当時3歳の女の子と1歳9か月の男の子が母親の育児放棄(ネグレクト)によって餓死した悲惨な事件でこの2児の母親が下村早苗。
事件の時系列を簡単にまとめてみると
↓
2010年7月29日に下村早苗が帰宅して2人の子供の死亡を確認
↓
2010年7月30日に近隣住民から「異臭がする」という通報を受け駆け付けた警察に見つかる
事件発生までの流れを簡単にまとめるとこのような感じで2010年6月9日に下村早苗が外出する際に居間の扉に粘着テープを張ったうえに玄関にカギをかけて2人の子供を閉じ込め放置したことによって子供が死亡してしまったという悲惨な事件です。
このことから今もネット上では『下村早苗を許すな』という声が多くあります。
下村早苗が育児放棄した理由はホスト遊び
育児放棄で二人の子供を死なせた下村早苗容疑者(23才)
ホストクラブ遊びで育児が嫌になったと新事実も浮上。
バカなのに子供を産むな!
犬や猫でもある程度育つまでは育児をしているんだよ。
お前が死ね!— gakuto (@gakutokun) August 1, 2010
この育児放棄により2人の子供を死亡させたことによって下村早苗は逮捕されたのですが、その後の取り調べて下村早苗はこのように語っています。
取り調べに対して「ホスト遊びが楽しくなり、育児が面倒になった。もっと遊びたくて家を出た」と口にしている。また、後になってからだが、彼女が家を空けていた間、友人や交際相手の家などを泊まり歩いていたことも判明した。
引用元(FRIDAY)
下村早苗が家をずっと空けていた理由は友人や交際相手の家を泊まり歩いていたということとホスト遊びにハマったからだという事なんですがこれ最悪ですよね。
子供を育てる気が無いなら何で子供を作ったって話ですよ
下村早苗の自宅では子供の泣き声が鳴りやまなかった
下村早苗の同じマンションに住んでいる住民がこの大阪2児餓死事件についてこのように語っています。
以前はしきりと子供の泣き声がしていましたが、ここ1ヵ月くらいはまったく泣き声がなかったので、引越しでもしたのかと思っていました
引用元(FRIDAY)
これまで下村早苗の子供が長時間泣いていることもあり近隣住民から通報が相次いでいたようですが、この1か月子供の泣き声が聞こえなくなったことから不思議に思っていたようです。
衰弱してしまって泣く元気もなくなり最終的には亡くなってしまったのは間違いありません。
ここまで自分の子供を放置出来る神経が分かりませんよね。

大阪2児餓死事件が起きたマンションはセレッソコート西心斎橋Ⅱ303号室
下村早苗が事件当時住んでいたマンションはどこなのかを調べたところ『セレッソコート西心斎橋Ⅱ303号室』という事が分かりました。
このマンションは下村早苗が起こした大阪2児餓死事件もあったり過去に何かあったのか知りませんが色々と心霊現象が起きるマンションで有名で心霊マニアにとっては有名なマンションだそうです。
壁を掻く音が絶えないとか幼児が廊下を歩いているなどの噂もあるいわくつきのマンション。
という事もあってか西心斎橋のマンションとしては安いんです。
気になる方は見てみてください(笑)
下村早苗は風俗で働き始た頃から育児放棄するようになった
下村早苗は2010年1月から大阪ミナミのマットヘルスで働いています。
ちなみに下村早苗が働いていたマットヘルスはクラブリッチエレガンスという店だそうです。
下村早苗の源氏名がサヤと言われていて、人気もトップクラスだったと言われています。
下村早苗…大阪のクラブリッチエレガンスのサヤ
— みなみけ (@reomina) August 3, 2010
この頃から下村早苗は育児疲れと仕事のストレスのはけ口としてホストに通うようになり、ホスト遊びにハマり家に帰らなくなったようで、大阪2児餓死事件の事の発端のようですね。
下村早苗は事件当時はシングルマザーだったので、普通なら2児の母ならホストに通うような余裕はありません。
しかしホストに通えるレベルで収入があるということを考えれば人気があった風俗嬢というのも間違いなさそうです。
下村早苗の元旦那は羽根直樹で浮気が原因で離婚している
この大阪2児餓死事件により母親が下村早苗ですが、父親は誰なのかという事も気になる方も多くいるでしょう。
餓死した2人の子供の父親は羽根直樹という方だそうです。
羽根直樹は三重県いなべ市にあるデンソーで契約社員として働いていてその後に社内試験を受けて正社員になったようです。
ということから下村早苗の元旦那はデンソーの社員という事になりますね。
下村早苗は羽根直樹と2006年に結婚していて2007年に長女の桜子ちゃんを出産し2008年に長男の楓くんを出産しています。
生まれた当初は下村早苗も育児に励んでいたようで下村早苗が当時ブログをしていて、そこにも書かれています。
この時は幸せだったことが分かりますが、この時にはまさかこの2人の子供を育児放棄して餓死させるとは夢にも思わなかったでしょう。
下村早苗は2008年に羽根直樹と離婚している
子供が生まれた当初は幸せだったことがブログからも分かりますが、2008年に下村早苗は羽根直樹と離婚しています。
離婚した原因は下村早苗の浮気だったようです。
早苗の浮気が原因で、夫婦は離婚しています。2人の子供を引き取った彼女は、名古屋市内のキャバクラでホステスの仕事を始めました。
しかし、部屋に残した子どもが水道の水を出しっぱなしにしてしまったことで転居を余儀なくされ、’10年1月から、大阪・ミナミのマットヘルスで働き始めるようになっていました。
引用元(FRIDAY)
ということから長女の桜子ちゃんと長男の楓くんの親権が母親の下村早苗に渡っているのが分かりますが、当時は名古屋に住んでいたようですね。
さらには借金も作っていたようでしかもこの浮気相手が下村早苗の中学時代の同級生だったようです。
ここら辺からおそらく『別れた男の子供』という事になりますから子供に対する愛情が欠落していた事は間違いないでしょう。
とは言っても離婚原因が下村早苗の浮気なんで自業自得ですけどね。

羽根直樹は下村早苗に子供2人を押し付けて離婚している
「自分の時間が欲しかった。ごはんも水も与えなければ、小さな子どもは生きていくことはできないことはわかっていた。」
【大阪2児餓死事件(2010)】、中村(下村)早苗 pic.twitter.com/rJoAgp36iJ
— ◆マジキチ犯罪者の名言◆ (@mazikiti_hanzai) May 14, 2016
下村早苗と離婚した羽根直樹は離婚後は子供2人を押し付け、その後養育費も出さずに独身の気楽さから外車アウディを購入して遊んでいたようです。
まぁこれもどうかと思うところですが、下村早苗の浮気と借金が原因で離婚しているので羽根直樹の事を責める事は出来ないですけどね。
そして羽根直樹は現在(2023年)どうしているかというと再婚して新しい家庭を築いているという噂があります。
さすがに一般人ということで確定情報ではありませんが、本当に再婚しているのなら次は浮気や借金をしない嫁だといいですけどね。
下村早苗の父親はラクビー監督の下村大介だが相当なクズ
元四日市農芸のラグビー部顧問の下村大介の娘のなんとも惨めなお姿wwww pic.twitter.com/RR2q1uXL3C
— テポドンでアナルファック (@n700_nogi46) November 4, 2016
下村早苗の父親はラグビーで有名な下村大介さん。
この下村大介さんもかなり問題のある方のようでこれまでに3度の結婚をしていて1人目の結婚相手は教え子。
この時3人の女の子を出産したようですが、男の子が欲しかった下村大介さんは嫁の腹を殴る蹴るの暴行を加えたようです。
これに耐え兼ね離婚したようで2人目の結婚相手は紹介で知り合った女性。
この時はラグビーの指導に夢中だった下村大介さんはこの再婚相手に1人目の結婚相手の時に出来た子供の育児を押し付けたそうです。
その時に心を病んで離婚。
そして3度目の結婚相手は高校を卒業したばかりのラグビー部のマネージャー。
この相手は下村大介さんより30歳も年下。
しかし現在は別居中なんですが、下村大介さんは今新しい恋人がいるとのこと。
下村早苗さんは1人目の結婚相手の時の娘な訳ですが、こんな奴が父親ならそりゃ育児放棄もするようになるよなと思ってしまいます。
ちなみに3人目の再婚相手は下村早苗よりも年下だそうです。
こんだけ再婚繰り返しているだけでも父親のクズっぷりが分かりますよね。
下村早苗の父親は教え子も平気で殴る
下村早苗の父親は事件当時、三重県立四日市農芸高校でラグビー部の監督・顧問を務めていたのですが、嫁に対してもDVということを考えれば教え子も殴っていた事は容易に想像がつくでしょう。
予想通り下村大介さんは顧問を務めていた高校でも教え子を殴っていたようで、このことから殴るのが当たり前のクズなのが分かります。
娘がクズなら親もクズですよ。

下村早苗は幼少期、育児放棄を受けていたが妹の面倒を見ていた
こんな家庭環境で育った下村早苗は幼少期DVや育児放棄を受けていたようです。
下村早苗の実家もゴミ屋敷だったようで父親の下村大介さんは育児を任せっきりだったようです。
早苗がまだ小学生の頃に自宅を訪ねましたが、玄関や室内に物が散乱し、すごく散らかっていました。事件のニュースを見て、子どもたちが死んだマンションの室内やベランダがゴミだらけだったことを知り、そのときのことを思い出しました
引用元(FRIDAY)
ちなみに下村早苗には2人の妹がいるのですが、当時は2人の妹の面倒を見ていたそうで周りからは『しっかりしたいい子』と言われていたんです。
とはいっても当時はまだ幼い下村早苗。
妹の面倒を見るとは言っても限界がありますよ。
ここは父親の下村大介さんがちゃんとしないといけなかったんですが、仕事と女遊びに精を出していたんでしょうね。
下村早苗には懲役30年の求刑が下っていて現在服役中
大阪で二人の子どもを餓死させた中村(下村)早苗さん、懲役30年が確定した。彼女は放置され育ち、人の助けを呼べない弱さをもち、人との関係に不器用で、過酷な性産業に適応できず、夢の中に逃げ去ることしかできなかった、ごく普通の女性でしかない。
— 杉山春 (@sigraprimavera) March 29, 2013
大阪2児餓死事件の犯人である下村早苗には大阪地裁から懲役30年(求刑無期懲役)という有期刑としては最も重い判決が下っています。
この判決が確定したのが2013年3月。
なので下村早苗は現在(2023年)も服役中で2043年まで続くことが分かります。
懲役囚となった下村早苗は2年ほどしてから人間的にも変わっているようです。
収監されて2年(取材時)になりますが、だいぶ精神的にも落ち着いて、成長したという印象があります。人間的にも徐々に変わっているのだと思いました。最近でこそ話題に出なくなりましたが、最初の頃は『(犯行を)ずっと後悔してる』と口にしていました。
あの子なりに、考えることがあったんだと思います
引用元(FRIDAY)
父親の下村大介さんが逮捕されてから半年後に下村早苗と面会したそうですが、この時に
『時間はもう戻らへんから、こっからもう、自分にできる精一杯のことをやって、償っていくしかないし、お父さんもそうしようと思てるから』
と伝え下村早苗もうなずいていたそうです。
この事件から父親の下村大介さんも変わらないといけないと思うのは僕だけじゃないでしょう。
下村早苗は現在苗字が変わっている
2児放置死、母親の上告棄却…懲役30年確定へ
大阪市西区の自宅マンションに長女(当時3歳)と長男(同1歳)を放置し餓死させたとして、殺人罪に問われた母親の中村(旧姓・下村)早苗被告(25)について、
最高裁第2小法廷(小貫芳信裁判長)は25日の決定で被告の上告を棄却した。 pic.twitter.com/ETa6VmPP4U— LUN@JS2KZK (@curare824) September 15, 2019
下村早苗は現在(2023年)苗字が中村に変わっています。
この理由は同じ拘置所に入っていた女性が下村早苗と連絡を取り続けその女性の旦那が賛成したことで養子縁組になったからだそうです。
この連絡を取り合っていた女性の養子縁組になったのは実家から円を切られたという事が言われていますが真相は定かではありません。
下村早苗は最終意見陳述の時には涙を流しながら
『もう一度2人を抱きしめたい。こんなひどい母親ですがこれからも2人の母親でいます。一生2人を背負って罪を償って生きていきます』
と語っていたようですが、二人の子供の命は返ってきません。
後悔してからでは遅いんですよ。
こうなった原因は父親の育児放棄が原因でもありますが、自分も同じことをしていると自分自身の事を客観視していればこういう事態は防げたようにも思えます。
まとめ
下村早苗が起こした大阪2児餓死事件の詳細をまとめましたが、事の発端を掘り探れば父親の下村大介さんの育児放棄が原因のような気がします。
蛙の子は蛙なんて言葉がありますが、親がクズなら子供も大体がクズなんですよね。
子供が出来た時は夫婦円満だったのかもしれませんが、最終的にはホストにハマり友人宅に遊びに行くようになり自分の時間を優先して2人の子供を放置という悲惨な事件。
現在(2023年)下村早苗は反省しているようなのですが、時すでに遅し。
今後幸せな人生を送れる可能性は極めて低いですが、出所後はもう子供に関わらず1人で生きていくことになるでしょう。