竈門禰豆子が人間に戻ったのは珠世の薬と無惨の弱体化だが他にも理由がある!そもそも何故普通の鬼とは違うのか?

シリーズ累計発行部数が1億2000万部を突破しワンピースを超えた超人気アニメ『鬼滅の刃』

その主人公である竈門炭治郎の実の妹『竈門禰豆子(かまどねずこ)』

炭治郎が留守の間に鬼に襲われて鬼になってしまった竈門禰豆子(かまどねずこ)を人間に戻すために炭治郎が旅に出るというストーリー。

単行本を読んでいる人なら結末は知っているかもしれませんがアニメや映画だけをを見ている人は「竈門禰豆子(かまどねずこ)って結局人間に戻ったの?」と思っている人はけっこういるようです。

結論を言えば禰豆子(ねずこ)が人間に戻るシーンがあります。

何故人間に戻れたのか?

そもそも鬼になった禰豆子(ねずこ)は何故人を襲わなかったのか?

竈門禰豆子(かまどねずこ)が人間に戻った方法と他の鬼とは違う理由をまとめてみました

竈門禰豆子(かまどねずこ)は196話で人間に戻っている!

主人公・竈門炭治郎は亡き父親の跡を継ぎ、炭焼きをして家族の暮らしを支えていました。

そんな中、炭治郎が家を空けたときに家族が鬼に惨殺され唯一生き残った妹が竈門禰豆子(かまどねずこ)。

しかし禰豆子(ねずこ)は鬼と化してしまいその禰豆子(ねずこ)を人間に戻す方法を見つけるために鬼を追うため剣術に磨きます。

そして色んな鬼と戦いを繰り広げ最終的には禰豆子(ねずこ)は人間に戻ります。

これは鬼舞辻無惨の最終形態と戦う竈門炭治郎のところに向かうところです。

その間にこれまでの思いでが蘇ります。

禰豆子(ねずこ)が思い出したこと
①鬼に家族を奪われた
②我妻善逸から好かれている
③風柱の不死川実弥にいじめられた

そして「私は竈門禰豆子 (かまどねずこ)!!」ということに気づき見事人間に戻ったという訳です。

この時点で竈門炭治郎の目的である『妹を人間に戻す』ということが達成されたわけです。

しかし何もなく竈門禰豆子 (かまどねずこ)が人間に戻るなんて事はあり得ませんよね。

もちろんここに到達するまでに人間に戻るための要因があります

それと単行本を読んでいなくてもアニメや映画を見ている人なら分かるかと思いますが竈門禰豆子 (かまどねずこ)は鬼になっていても人間を襲いません。

普通の鬼なら人間を襲いますからね。

そこんところが普通の鬼とは違います。

何故、竈門禰豆子 (かまどねずこ)は普通の鬼とは違うのでしょうか?

様々な理由がありますのでこれらを見ていきましょう。



竈門禰豆子 (かまどねずこ)が人間に戻った理由まとめ

そもそも一度鬼になった人間が元に戻ることはないようです。

始めはその設定でした

その証拠に1話で冨岡義勇が

「治らない。鬼になったら人間に戻ることは無い」と言っています。

ただ途中で珠世様のセリフで「治療法を確立させれば人間に戻すことが出来る」と言われ竈門禰豆子 (かまどねずこ)が人間に戻る可能性があることが分かり少しの可能性にも竈門炭治郎は全力で立ち向かっていきます

そして鬼は太陽の光を浴びると死んでしまいます。

鬼になってしまった竈門禰豆子 (かまどねずこ)も同じです。

ただ、竈門禰豆子 (かまどねずこ)は127話で太陽を克服しています。

このことにより唯一太陽で死なない鬼となっていて人間に近づいていることが分かります

竈門禰豆子 (かまどねずこ)が何故太陽を克服し人間に近づくことが出来たのか?

詳細を見ていきましょう。

竈門禰豆子が人間に近づいた要因①【血の成分が変化していた】

竈門禰豆子 (かまどねずこ)は鬼の血が体内に流れているのですがその血の成分が短時間で変化しています。

ということから普通の鬼とは違う反応が体内で生じているという事です。

本来、鬼は人間を食べるのですが竈門禰豆子 (かまどねずこ)は鬼になっても人間を一切襲っていません。

何故このように変化していたのか?

それは眠っている間に竈門禰豆子 (かまどねずこ)の体内で血が変化していたということが挙げられます。

その証拠に炭治郎が修行をしているときに竈門禰豆子 (かまどねずこ)は2年間眠っていました。

そして一緒に旅をしているときも籠の中で寝ているのが基本。

この眠っている間に竈門禰豆子 (かまどねずこ)の体内の血が変化していたのでしょう

竈門禰豆子が人間に近づいた要因②【竈門炭治郎との絆】

竈門禰豆子 (かまどねずこ)は1話で兄・竈門炭治郎に襲い掛かったもののそれ以降は一切人間を襲っていません。

そもそも初めの頃は完全な鬼だったはずですがw

ここは個人的な解釈ですが鬼になってしまった竈門禰豆子 (かまどねずこ)にはまだ竈門炭治郎の記憶が少し残っていたのかもしれません。

この兄妹の絆が竈門禰豆子 (かまどねずこ)は人間を襲わず柱である不死川実弥にいじめられても襲わなかった要因ではないでしょうか

目の前で人間の血を見ると襲うのが普通ですからね

竈門禰豆子が人間に近づいた要因③【ヒノカミ神楽を継承】

竈門禰豆子 (かまどねずこ)が人間に戻れた要因の1つとして『ヒノカミ神楽』が関係しています。

竈門家は、ヒノカミ神楽の舞を継承する家系です。

ちなみに『ヒノカミ神楽』とは神事の舞として一晩中舞を捧げる儀式です。

そして竈門炭治郎は日の呼吸を使う事は皆さん知っているでしょう。

竈門炭治郎が『ヒノカミ神楽』を継承しているという事は竈門禰豆子 (かまどねずこ)も継承している事は間違いありません。

その証拠に竈門禰豆子 (かまどねずこ)は血鬼術である爆血を使って刃を赤く染めることで日の呼吸の使い手と同じ性質を持つ爆血刀として扱うことができます。

日の呼吸は『日の光』なわけですがこれは鬼の弱点です。

これを継承しているからこそ竈門禰豆子 (かまどねずこ)が唯一鬼から人間に戻れた要因である訳です。

竈門禰豆子が人間に近づいた要因④【珠世の薬と無惨の弱体化】

竈門禰豆子 (かまどねずこ)が人間に戻れた最も大きな要因かもしれませんが珠世が人間に戻すための薬の開発が終えています。

そしてこの薬は炭治郎たちが鬼舞辻無惨と戦う前に竈門禰豆子 (かまどねずこ)に投与されていてさらにその戦いで鬼舞辻無惨もダメージを負っています。

全ての鬼の頂点に立つ鬼舞辻無惨は鬼の血の元と言える存在。

その鬼舞辻無惨がダメージを負うにつれ影響力や支配力が弱まります。

この鬼舞辻無惨のダメージと薬の投与が決定的になり最終的に竈門禰豆子 (かまどねずこ)が人間に戻れたということです。

ただそれだけではなく上記の要因もこれまでに重なっていたからこそ、念願の目的が達成されたわけです。

色んな人の協力を得て目的達成。現代社会にも通じるもんがあるよな
のんきな野郎
のんきな野郎

竈門禰豆子 (かまどねずこ)が投与された人間に戻す為の薬はどうやって作られた?

上記で説明した珠世が開発した人間に戻すための薬はどうやって作られたのか?

珠世が開発した人間に戻すための薬はこれまでに竈門禰豆子 (かまどねずこ)が使用した薬以外にも鬼舞辻無惨用に作られた薬もあります。

鬼舞辻無惨に投与された薬には
・1分間に50年分老化させる成分
・分裂の阻害や細胞を破壊する効果の成分

が含まれている事が判明しています。

鬼舞辻無惨は人間化の成分のみ分解に成功しており、他の成分の影響を免れることはできていないです。

鬼舞辻無惨が成分を分解した時点で、珠世による人間に戻す薬の開発成功は確かなものとなっています。

珠世の人間に戻す薬開発成功の裏には、
・炭治郎によって地道に集められた十二鬼月の血
・竈門禰豆子 (かまどねずこ)の特殊な血
・胡蝶しのぶの協力

がありこれも様々な人の願いや強い思いから完成させられていることが分かります



そもそも竈門禰豆子 (かまどねずこ)が普通の鬼と違っていたのは何故?

竈門禰豆子 (かまどねずこ)がそもそも普通の鬼とは違う理由は何なのか?

普通の鬼の共通点として

鬼の共通点
①人間を襲う
②鬼舞辻無惨の支配下になる
③太陽を克服するなんてあり得ない

そして見た目も違いますよね

ちなみに普通の鬼がこちら

といったところですが竈門禰豆子 (かまどねずこ)は最初から人間を襲ったことがありません。

間違っても鬼舞辻無惨の支配下でもありません。

おそらくこれは上記で説明した『ヒノカミ神楽』の継承が関係しているかもしれません。

これを継承しているからこそ体内で鬼の血と戦い続けていたのでしょう。

竈門禰豆子 (かまどねずこ)が普通の鬼と違う理由が納得しますし唯一人間に戻れた鬼ということにも合点がいきます。

『ヒノカミ神楽』とは日の呼吸であり日の光は鬼の最大の弱点ですからね

禰豆子自体も凄かったんやな
のんきな野郎
のんきな野郎

竈門禰豆子 (かまどねずこ)が人間に戻った後のラストが衝撃的!意味している事は?

鬼舞辻無惨を倒し竈門禰豆子 (かまどねずこ)が念願の人間に戻ったことで鬼滅の刃は終了してしまいました。

そして戦いが終わり炭治郎・禰豆子・善逸・伊之助の俗に『かまぼこ隊』と呼ばれる4人は炭治郎の家へと向かいます。

そこで4人は笑いの絶えない夜を過ごしそのあとのラストには現代の建物が描かれています。

これがラストの1コマなわけですが、これを見た人はかなり驚いていました。

『鬼滅の刃』といえば舞台は大正です。

そしていきなり現代になっているわけですから何を意図しているのかが分かりません。

ただ1つ言えることは竈門禰豆子 (かまどねずこ)を人間に戻すために様々な人との出会いや協力、そして絆。

これらが描かれている事は間違いないですし、このことで竈門炭治郎は様々な人と出会い成長し目的を達成しています。

鬼滅の刃を見て思う事は『無理と決めつけて何もしないなんてあり得ない』ということです。

現に竈門炭治郎は『無理』と言われたことはやり遂げています。

これは現代社会に通じる部分ではないでしょうか。

そして竈門禰豆子 (かまどねずこ)を人間にするために戦っていく中で『必要な時に必要な人物が現れる』ということが分かると思います。

これも現代社会に通じる部分ですよね。

諦めずに困難に立ち向かっていけば救いの手があるということですね。

現代社会でも生きていれば様々な困難があります。

それを「無理!」と思わずに「絶対やってやる!」という気持ちで取り組めということだと個人的には解釈しています



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